アンカーマン×脱トップダウン〜ツーリズムで日本酒の価値を上げる!

「酒蔵ツーリズム」が注目される中、具体的な取組みはどのように推し進めていけばいいのか、どのようなことがポイントになるのか、興味がある蔵元さんも多いはず。

特に、地方の蔵単体で「酒蔵ツーリズム」の企画から軌道に乗せるまで、どのような経緯をたどったのか、他ではなかなか手に入らない他社事例をアンカーマンがご紹介させていただきます。

今回は、「奥信濃ならではの地酒と地酒文化を発信し、人々の笑顔と幸せを醸し出す」という理念を体感させる独自の「酒蔵ツーリズム(酒蔵体験ツアー)」を進めるにあたり、アンカーマンのコンサルを利用して成功している株式会社田中屋酒造店・田中隆太社長(以下、「田中社長」)にお話をお伺いしました。

<聞き手:株式会社アンカーマンコンサルタント・渡邊 拓也(以下、「渡邊」)>

ツーリズムのきっかけは床の改修のリターン探し

渡邊

今回、田中屋酒造店さんで、酒蔵ツーリズムを始めようと思われたきっかけを教えてください。

田中社長

よその蔵でも同じ問題がありますが、蔵の床がでこぼこしていて水回りが良くなかったので、床の全面改修工事を行いたいと思っていました。ただ手間もお金もかかるので実現できなかったんです。

それでも、コロナ融資や事業再構築補助金などで資金面の目処が立ったおかげで、念願だった床の工事を思い切ってやろうということになりました。

でも、いざ考えてみると、これまでの投資は、「品質が上がる」「売上が上がる」などのリターンがあったのですが、床の改修をして衛生面は改善されても、品質アップや利益アップにはつながらない…。何か売上など目に見える数字的なリターンに結びつける方法はないものかと考えました。

そのとき、かつて行った「ナパバレーのワインツーリズム」のことを思い出したんです。当時、私が知っていた酒蔵ツーリズムとはレベルが違うなと思ったのを覚えています。参加した人のほとんどがワインを買っていくんです。ああいうツーリズムを、いずれやれたらいいなと、思っていました。

渡邊

巻き戻れば、ナパバレー。もっと巻き戻れば酒蔵ツーリズム。そういったところですかね。酒蔵ツーリズムについては、いつ頃からご存じだったのでしょうか?

田中社長

平出淑恵さん(現アンカーマン顧問)との関わりの中から「酒蔵ツーリズム」のことを知りました。平出さんは、15年以上前から、「SAKEから観光立国」を提言されて、「酒蔵ツーリズム」も推奨されておられますよね。

平出さんのお話をお聞きして、自社でも取り組めたらとは思うものの、当時、うちの衛生環境ではまだ無理だなと諦めていました。

渡邊

なるほど、それが蔵の床を修理したことで、状況が変わったということでしょうか。

田中社長

そうなんです。床を全面改修すれば、他の設備(トイレや壁等)は整っていたので、いよいよお客さんを受け入れられる環境が整い、酒蔵ツーリズムがはじめられると思いました。

渡邊

酒蔵ツーリズムをやろうとご決断されてから、実際に開始するまでどれくらいの準備期間が必要でしたか?

田中社長

構想および補助金申請準備を2022年の1月から行い、本格的に開始したのが、2023年の11月でしたね。立ち上げからだと約2年弱ですね。

なぜアンカーマンに依頼したのか?

渡邊

その立ち上げ当初から立ち上がり完了まで、我々アンカーマンにてサポートさせていただきましたが、なぜコンサルティングをご依頼いただいたのでしょうか?

田中社長

実は、はじめ、コンサルタント料に比べて我々の事業規模は小さいし、本当に有効なのかなと思って、慎重だったんですよ。ただ、専務からは、今回の取組みはコンサルを使ったほうがいいと。新しいことをやるためには、何かしらのサポートが必要だと思ったのでしょうね。

渡邊

とすると、田中社長ご自身は、はじめ、自分たちで進められると認識されていたんですか?

田中社長

私は意外と楽観的で、とりあえず始めてみれば何とかなるだろうと。受け入れる環境さえ整えれば、酒造りの体験や見学をしてもらい、料金をいただく。知り合いの飲食店や取引先の酒販店等の関心がある人たちを誘って回していけばいいと最初は甘く考えていました。

ところが、テストツアーをやってみて、最初の案が無謀だということがすぐにわかりました。例えば、当初は蔵人と一緒に1週間酒造りを体験してもらって、朝も早いし重労働だけど実際の酒造りをしてもらいながら、案内もできるだろうと考えていたのですが…。実際やってみたら、そううまくはいかなかったですね。

だから、アンカーマンさんのお手伝いがなく進めていたら、結構ガチャガチャなものになってしまっていたんじゃないかなぁ…。

渡邊

なるほど、自分たちで進めるという意見もあり、専務のやったほうがいいよという意見もあり、そのような中でアンカーマンにご依頼いただいた決め手はなんだったでしょうか?

田中社長

渡邊さんのお人柄ですかね(笑)。それと、どうしても社内だけだと僕の意見がワンマンになってしまうところがあって…。自分でもその部分はいやだなと思っていたところに専務の助言があり決断しました。専務も僕が突っ走らないように、チームで進めていけるようにとの意図があったんじゃないかな。

アンカーマンに依頼してよかったこと

渡邊

ありがとうございます、嬉しいです(笑)。実際のところ、アンカーマンに依頼して良かった点を3つ教えてください。

田中社長

アンカーマンさんのコンサルは、ツーリズム立ち上げのためのチームを作って、チームで目標設定して行動する、そこにプロジェクトマネージャーとして入って頂くといったものでした。

アンカーマンさんにご依頼して良かったことの1つめは、客観的事実に基づいたプロジェクトの進め方ができるようになったということです。

私と専務だけで話していても冷静な話になっていかない部分があるのに、アンカーマンさんにプロジェクト会議に入っていただくと冷静な会話に組み立てられる、ちゃんとした会議になる、アイデアを練るときの会議も、非常に合理的に感じ、それがいいなと。

2つめは、チームで動けるようになったこと、社員の自主性を高められたことですね。これが非常に大きい。

アンカーマンさんから、プロジェクト会議は社長と専務だけでなく、最大6人のチームで構成するようにとのご指導で、僕と専務、社員4名の合計6名で会議に臨むことになりました。当初、本業の忙しさもあり、参加者は会議に前向きではなかった気もしますが、回を重ねるにつれ、社員の自主性がものすごく高くなりました。アンカーマンさんから客観的な会議のやり方を学ばせてもらったからだと思います。

僕は途中からそれに気付いたので、社員には割と早い段階で、次のような話をしたんです。

「この手法は、コンサルタント料を払ってでも学ぶ価値がある。この手法をみんなが身につければ、ツーリズムや酒造り、会社のさまざまなことが、スピーディーかつ合理的に手分けしてチームで動くことができるようになる。」

「ここに参加したメンバーは、大学に入り直してマネジメントを習っているようなもの。このメンバーが他の社員にフィードバックできるようにみんなで身につけようじゃないか」と。

3つめは、自分たちの知り得ない外部の知見が入ること。会議の中で、新しい考え方を示してくれたり、今やっていることは他の業界ではこういうことと指摘いただいたり、こういうケースがあると紹介いただいたり、さまざまなアドバイスがあり、各人の考えの整理や進むべき方向性の明確化などに役立ちましたね。

え?!トップダウンじゃダメなの?

渡邊

2つ目の「社員の自主性が生まれた」秘訣やポイントを、もう少し詳しく教えていただきたいです。

田中社長

はじめ、アンカーマンさんから、「プロジェクトの進め方は、みんなの意見を聞いた上で最終決定者である社長が決める」というお話がありました。

僕は、「一番最初に僕が決めれば、みんなそのとおりに動くのだから、時間の無駄じゃないかな」、つまり、「トップダウンで物事を決めることが正しい」と思っていたのですが、それがまったく違うということが、今ならとてもよくわかります。

会議でみんなが意見を出すということがあるのとないのとでは、「自主性」が大きく変わってくる。つまり、意思決定の過程にメンバーを巻き込むことで自主性が生まれるということです。あれにはびっくりしました。

「プロジェクトの進め方」や「時間を取ってみんなで意見を出し合う」ことがいかに重要か、「決まった内容よりも決める過程」がいかに重要かが、今なら理解できます。

今でも会社で何かを決めるとき、そのやり方にすると非常にスムーズにいくようになりましたね。社長が動かなくても物事が進んでいるというのは、今までのうちにはなかった現象ですね。

渡邊

自主性を高める上で決める過程が大事だというのがありましたけれど、「決める過程」においてどのようなところが大事だと思いますか?

田中社長

何かを決めるときに、全員の意見を出し合って、お互いに聞き合い進行していく。その中で、自分の意見を通したいばかりに、人の発言前に大声で他の意見を制圧するような言い方をする人もいます。特に思い入れが強い人ほど。しかし、そんなやり方にはみんな賛同しない。

それを冷静に「俺はこう思うんだけど、皆さんはどう思いますか」という形で会話をすると、まるっきりその後の実行力が何倍も違いますよね。

外部が入ると何が違う?

渡邊

「意見を出し合ってみんなで決める」って一見、社内でもできそうですが、外部が入ることによる違いってどのようにお考えですか?

田中社長

今まで造り酒屋でやってこなかった「意思決定のやり方」が違いますね。他の業界でやっていることが、きちんと造り酒屋の中に入っていくことが大事。外部の方に入ってもらうことで、プロジェクトが進むスピードが圧倒的に早くなりました。

造り酒屋はやることが多くて忙しいので、つい意思決定の過程を短くしたがる。それでも、1時間なら1時間で絶対に終わらせる「ショートミーティングのやり方」は知りませんでした。アンカーマンさんには、それを徹底的に教えていただきましたよね。

そのために、「無駄なことは言わない」「発言は短く簡潔に」「結論から言う」などのルールが、トレーニングや勉強になるし、自分でも意識してしゃべるようにしています。

渡邊

田中社長ご自身が感じた、今回のツーリズムや会議を進める上で困難だったことを教えてください。

田中社長

やはり、プロジェクトを進めるための時間を確保することが大変でしたね。はじめは、会議においても丸1日確保してくださいと言われ、絶対無理だと。半日も無理、2時間がせいぜいだと考えていたんですけど、今となっては、半日の会議を月1回のペースでみんな大事にしていますからね。

アンカーマンさんがプロジェクト会議に参加することで、各人が不安に思っていたことがおおよそ片づく。問題をまとめて解決するので非常に合理的です。1人で決めたことは1人でしか動かせないが、6人で決めたことは6人が動くので6倍早い。

実際に造りの時期に各人の時間を調整して確保するのが大変でしたね。日本酒というのは、どうしても予定がずれるので…。

しかし、なんとかやりくりして、プロジェクト会議を組み込めれば、その後の仕事は何倍も早く進められるので、前向きな回転になる。結局、目の前の仕事を優先するのか、物事をきちんと意志統一して進めていくことを優先するのかということになるかと思いますね。

役割分担はどうしてますか?

渡邊

実務の話になりますが、酒蔵ツーリズムにおける蔵内の役割分担などは決めていらっしゃいますか?

田中社長

ツーリズムのアテンドを私と専務で担当し、プロジェクトチームだった4名の社員がバックアップに入るというスタイルです。

お客さまをただアテンドするだけでなく、料金を払って体験していただくからには、リズミカルに、気持ちよく体験して帰っていただくことが大切であるということが整理されました。

1人は、ツアーのタイムスケジュールの作成、準備品の用意、準備は何があるのかの整理。造りのメンバーには、「この造りがあるからこの仕込みの手伝い」などの情報をもらい、相談しながら組み立てていくという作業が必要です。

準備品でいえば、たとえば、もろみだけでなく、器の準備も必要だし、手洗いのときの履き替えるスリッパの準備や、テーブル上に白衣を出しておくなどなど。さらに、テイスティングのときには、アテンドしている人の脇にいて、順番にお酒を出すバックアップや、野外のツーリズムでは、田んぼでのテーブルのセッティングなど手分けをしながらやっています。

全社的にお客さんを迎え入れる体勢が整っているというところが非常に大きいですね。

渡邊

新しいプロジェクトを始めるには、やはりヒトの確保も課題になってくるかと思います。そのあたりはどのように工夫されていますか?

田中社長

試行錯誤ですが、たとえば私や専務が行うお客さんへの案内や伝え方などを、バックアップに入ったスタッフに学んでもらって分担できるようにしています。

商売ですから、今いるメンバーで、ツーリズムを造りの補助的なものとして捉えるのか、ツーリズムでしっかり稼いで新たに人を雇用するのかどちらかですよね。

たとえば、ナパバレーのワインツーリズムでは、1人で1日5万円ぐらい売り上げていましたね。最終的にはそこまで持っていければ、事業としても成立していきます。

渡邊

お客さんの集客については、社内で何か工夫されていることはありますか?

田中社長

うちの場合は、基本的にはうちのお酒のファンの人にまず来てもらえればと。気に入って繰り返し飲んでくれているお客さまに、面白さを伝えていき、それが口コミで広がって少しずつファンが増えていく形がいいですね。口コミをどう広げるかに注力するのが効果的だと思います。

渡邊

なるほど、集客は口コミで。ところで、今回のツーリズムの金額的な成果はいかがだったのでしょうか?

田中社長

ツーリズムの売上が12月、1月の2ヶ月間で約150万円ですかね。

ツーリズムの先にあるのは

渡邊

この先、この酒蔵ツーリズムを通して、どのようなことを実現していきたいですか?また、最終目的地みたいなものはあるのでしょうか?

田中社長

ツーリズム自体が、ただの観光で終わってはいけないと。お客さまに、真面目に造りに取り組んでいる蔵の姿勢を見てもらい、信頼を持ってもらう。「信頼=ブランド力」につながるので、何時間もかけて一人一人に、これはいいものなんだということを説明し、より深いファンになってもらうことが重要です。

地道に行うことで、少しずつファンが増えていけば、オーパスワンのように8年間で単価を3倍にすることも夢ではなくなる。ものすごく未来がある話です。造り酒屋に不足しているのは、今やっていることの付加価値をきちんと世の中にアピールして、「ストーリーを一緒に売る」ということですが、ツーリズムではそれが実現できるので大切な部分ですね。

「価値を伝える」「ストーリーを一緒に売る」というのであれば、ツアーで語られることが、単なる日本酒の造り方ではなく、うちであれば「『水尾』が『水尾』としてこういう味にこだわる理由やストーリー」を語らないと意味がありません。

ツーリズムで、価値やストーリーを伝えられれば、ブランド力や信頼を上げ、売上を伸ばし、最終的には単価も上げられると信じています。

付加価値を上げることを継続していければ、いつかは日本酒が、ロマネ・コンティみたいになることはあり得るでしょうね。

渡邊

「酒蔵ツーリズムをやりたい、でも一歩踏み込めない」という蔵元さんのお声が、よく我々の耳に入ってくるのですが、そのような蔵元さんへ向けたメッセージをお願いします!

田中社長

たとえ立地条件が悪かったとしても、蔵に興味を持ってもらえれば来てもらえる。日本酒には、それだけの魅力があり、価値を含んだ産業だと思っています。

おいしさにこだわって造っている様子を、外部に見せないのはもったいないし、消費者に知ってもらえれば、飲んでもらえるきっかけになると思います。ツーリズムを実施するための環境を1つずつ整えるという思い切りも必要ですね。

蔵の中に人を入れるための衛生面の整備や実施方法に関する蔵内のコンセンサス取得など、手間やコストをかけてまで踏み込もうと考えられるかどうかではないでしょうか。

渡邊

ありがとうございます。田中社長にとって、ツーリズムとはどのようなものでしょうか?

田中社長

日本酒の価値を上げていくための積極的な手段ですね。

渡邊

なるほど、ありがとうございます! では最後に、アンカーマンにメッセージをお願いします。

田中社長

今回、アンカーマンさんに「メンバーが自主性をもって意見を出して実行していく場作り」に徹していただいたおかげで、これまで出なかった意見が次々と出るようになり、メンバーが主体性をもって課題解決に取り組んでくれる組織に変貌しました。

役員がトップダウンで管理していくスタイルから様変わりして、我々の時間もかなり削減できています。今回ご教示いただいた手法がとてもよかったので、今後も大事にしていきたいと思っています。

今後も、造り酒屋に足りない部分、プロジェクトの進め方、物事の多面的な考え方などさらにご提案をいただければ大変うれしいですね。これからも当てにしていますので、よろしくお願いします。

渡邊

ぜひ、これからも末永くサポートさせていただけるよう、尽力いたします!

田中社長、貴重なお声を頂戴し、ありがとうございました!

床の改修工事のリターンをどうするかからはじまった田中社長の「酒蔵ツーリズム」。アンカーマンのコンサルで脱トップダウンに方向転換。社員の自主性が高まり、チームで動くことの強さを知った今、彼らの蔵の未来は明るい。

「ツーリズムは、日本酒の価値を上げていくための積極的な手段」と言い切る田中社長のストーリーと地酒に今日も多くのファンが酔わされていることでしょう。

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