「Sake から観光立国」を夢見て20年!酒蔵ツーリズムの第一人者が見据える酒蔵ツーリズムの将来とは

コロナショックから世界全体が立ち直り、世界中に人々の往来が戻ってきた今、インバウンドニーズで注目される「酒蔵ツーリズム」。

それでも、経験のなさから一歩踏み出せない蔵元さんもいる中で、「酒蔵ツーリズム」の将来像はどうなるのか、羅針盤がほしいと思っている蔵元さんも多いのではないでしょうか。

そこで、元JALの国際線CAで、「SAKEから観光立国」「日本酒を世界の酒にして日本酒の価値を上げていく」を謳い、日本酒蔵ツーリズム推進協議会(日本観光振興協会)常任理事も務める日本酒業界の革命児、株式会社アンカーマン顧問・平出淑恵氏(以下、「平出顧問」)に酒蔵ツーリズムの過去・現在・未来を語っていただき、酒蔵ツーリズムのあるべき未来像を探っていきたいと思います。

<聞き手:株式会社アンカーマンコンサルタント・大木田寛太(以下、「大木田」)>

酒蔵ツーリズム、今こそ変革のとき!

大木田

「Sake から観光立国」の手段の一つが、日本酒蔵ツーリズム推進協議会かと思います。コロナ前の平成28年頃から平出さんは酒蔵ツーリズムを推進されていらっしゃいました。当時、創業間もないアンカーマンの代表和田との出会いも酒蔵ツーリズムでしたね。当時の思い出話をお聞かせください。

平出顧問

そうですね。和田代表とは、「インバウンド向けの観光・日本酒」関連のセミナーで何度かご一緒したのがご縁ですね。日本酒業界に証券出身の金融関係の方が飛び込んできてくれてうれしくもありました。

私が「酒蔵ツーリズム」を提唱しはじめた20年前は、「『観光蔵』の地位が低い」と言われていた時代。

これからは、「酒蔵ツーリズムの可能性やイメージを変えていく」「皆さんが理想的な酒蔵ツーリズムを作っていく当事者である」ということを伝えたいんですよね。

黒龍酒造さんのESHIKOTO(えしこと)のように、既に乗り出している蔵もあり、「『観光蔵』は地位が低い」という考え方は変わってきています。

酒蔵ツーリズムのターゲットにしているインバウンド客たちは、海外のワイナリーツーリズムの経験がある人たち。蔵元さん自身が海外のワイナリーツーリズムを経験して、「どういうことが高く評価されているのか」「何を付加価値として感じるのか」など、知見を広げて、参考にしてもらいたいですね。

「日本酒の蔵にとってはどういうおもてなしのスタイルが最適なのか」という理想型をこれから作っていくタイミングだと思います。

大木田

昔の『観光蔵』の悪いイメージというのは具体的にどういった状況だったのですか?

平出顧問

「お酒が評価されているわけではなく、観光で稼いでるのでしょ?」といったイメージが先行して、私が「酒蔵ツーリズム」を提唱すると、「うちはそういう蔵じゃありませんから…」と言われてしまうような風潮でしたね。

『鍋島』(佐賀県鹿島・富久千代酒造)が初のIWCチャンピオンに輝いたとき、蔵元さんたち自身に、自分たちのお酒が世界一になることで、地域も紐付けて発信していくという認識が不足していたので、私の提案をきっかけに誕生したのが「鹿島酒蔵ツーリズム」です。

大木田

当時の観光蔵(日本の酒蔵のツーリズム)と世界のワインツーリズムの大きな違いは、具体的にどのようなところだったのでしょうか?

平出顧問

日本酒は、ワインと違い、とかく銘柄が一人歩きして、一緒に地域がついていかない。これは本当に大きな機会損失だなと思っていました。

新潟と言っても、ざっくり新潟で、「八海山」が新潟のどこにあるのかみんな知らないといような…。

何世代にも渡り、同じ場所で酒造りをして、地域に尽くして家族でお酒を造っている。日本だと当たり前のことですが、世界的に見るとものすごいコンテンツです。「このすばらしい日本の文化・財産を世界に知らしめたい」とずっと思い続けています。

最終的には、最強コンテンツは、「地域のことを自分事として語れる人」=「蔵元自身」になるだろうなと20年前からイメージを持っているのですが、これがなかなか進まない(笑)。日本酒を今のままの環境にしておいたら、ものすごくもったいないです。

大木田

日本の酒蔵のツーリズムを世界に広めるために、他にどんなことが必要ですか?

平出顧問

酒蔵ツーリズムを普及させるには、酒蔵が直接PRするわけではなく、観光業界を巻き込み、旅行会社の営業マンが、蔵や日本酒の魅力を語ってくれるわけですが、蔵元の魅力を語ってくれる人のチームを広げていかなければならないと思っています。

人が来れば、酒蔵だけでなく、地域にもお金が落ちる。蔵にも地域にもいいことばかり。また、ワイン業界でも「一度訪れたワイナリーのワインに対する消費者のロイヤリティが高まる」というデータがあります。酒蔵も同じで、自分が大好きな酒蔵に行くと、「この蔵まで行きました」「当主に会いました」「杜氏を見ました」と自慢になる。つまり、「いかに印象に残ることを提供できるか」というのが大切だと思うんですよね。

ワイナリーツーリズムを研究して最適な酒蔵ツーリズムの形を模索すべし!

大木田

WITHコロナ・アフターコロナを経て、酒蔵ツーリズムの傾向には変化がありますか?

平出顧問

「移動ができないから、蔵の掃除ができた」「利益が出てない商品がわかった」など、ルーティンから離れたことで、「本当に必要なことは何なのか」「取り組まなくではいけないことは何なのか」ということを考える時間にもなったんじゃないですかね。

大木田

今後、WITHコロナ・アフターコロナ社会で、酒蔵ツーリズムについて思うことがあれば教えてください。

平出顧問

現状、身の回りの観光に力を入れている蔵元さんが酒蔵ツーリズムのモデルになっているのかもしれませんが、日本酒の輸出も増えていますし、「海外のワイナリーツーリズムを楽しんだ人たちをいかに満足させるか」ということや、「海外で高く評価されているワイナリー」を研究する時期に来ていると思います。

ワインの製造者は、日本酒よりも100年以上前から輸出していますので、ワイナリーツーリズムも含めて、日本よりもかなり先を行っているという意味では、彼らの知見や、ワイナリーツリズムを楽しむ富裕層(高い価値を感じて高いお金を払う人たち)の研究をもっとしないといけないですね。

今の酒蔵ツーリズムの形態が完成系ではなく、これからの酒蔵ツーリズムを酒蔵さんや地域の人たちが作っていかないといけない。

「自分たちにとって最適な酒蔵ツーリズム」、つまり、「お客様も満足し、地域のためにもなって自分たちのビジネスにもいい、三方よしの酒蔵ツーリズム」というのを、作っていくタイミングじゃないかと思いますね。

成功事例から学ぶ酒蔵ツーリズムの理想型

大木田

全国の酒蔵ツーリズムの成功事例について教えてください。

平出顧問

やはり、佐賀県の鹿島酒蔵ツーリズム。成功している要因は、日頃からツーリズムに関して、地域の方が一体感を持って、取り組んでいるということが挙げられます。

それと、大勢の方が集まる伝統的なものとしては、「広島の西条」や「新潟酒の陣」なども、県をあげて取り組んでいる成功事例ですね。

一時のブームで終わらせず、数年にわたり繰り返し人が訪れて、オーバーツーリズムにならずに、酒蔵ツーリズムの将来の形をデザインしていくいいタイミングではないでしょうか。

「どういう人に来てほしいのか」「どんなふうに感じてほしいのか」なども酒蔵さんや地域の方々が考える必要があると思います。

酒蔵ツーリズムは蔵や地域の魅力を伝え、ファンを獲得するチャンス

大木田

酒蔵ツーリズムの経験がなくついつい及び腰になってしまう、それでもこれから酒蔵ツーリズムを始めようとしている蔵元さんへメッセージを送るとしたら、どんなメッセージがありますか?

平出顧問

世界には、ワイナリーツーリズムを楽しんだ方々が、おそらく何千万人単位でいらっしゃる。その人たちを酒蔵ツーリズム、つまり地域に呼ぶ可能性があるわけじゃないですか。そのチャンスを見逃さないでほしい。

今、酒蔵ツーリズムに関するさまざまな補助金もあり、自治体も協力的です。

酒蔵ツーリズムは、「蔵で直接、おいしいお酒を味わいたい」「蔵元に会いたい」という想いで遠方から多くの方々が足を運んで来るわけじゃないですか。

その人たちを満足させることは、ファン獲得にもなりますし、その地域にとってもすごく利益になるので、本当に大きな日本酒の可能性だと思います。

大木田

そうですね。蔵元さんに注いでもらったお酒は、印象深く、喜びもひとしおですものね。

平出顧問

蔵元さんたちは、何世代にもわたり、地域に貢献されてきた、地域の語り手。世界的に見ても、1つの産業が家業承継で、三代から四代以上続き、100年以上は当たり前という産業はなかなか類を見ない。地域のコンテンツとしての「酒蔵の価値」を最大限活かしたものが、「酒蔵ツーリズム」だと思います。

大木田

今はまだ、酒蔵ツーリズムを経験していない酒蔵さんにも地域のコンテンツとしての魅力がちゃんとあるという事ですね?

平出顧問

もちろんです。蔵元さんは、普段そのようなことをあまり考えないかもしれませんが、地域を自分事として語れる唯一の人たちだと思います。今のままではもったいないです。

そうは言っても、酒蔵ツーリズムにしても、事業拡大や海外展開にしても、自己資金ですべてカバーしていくのは難しいと思いますので、補助金サポートなどアンカーマンさんには、もっと蔵元さんたちを助けていただいて、蔵元さんの可能性をどんどん広げていただきたいなと期待しています。

大木田

平出顧問、貴重なお話ありがとうございました。

柔和な優しい笑顔と「日本酒を世界へ」の熱きマインドをもって、日本酒業界と酒蔵ツーリズムを20年以上の長きにわたり観察してきた平出顧問ならではの「羅針盤」は、きっと多くの蔵元さんのご参考になるのではないでしょうか。

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