【当事者語録】酒蔵ツーリズムで得られる一番の成果は地域のイメージ変革

人を呼び込むためには、酒蔵のがんばりだけでなく、地域と一体になってイベントを盛り上げてこその「酒蔵ツーリズム」。

実際に成功を収めている「酒蔵ツーリズム」は、どのようにして築き上げられたのか、成功体験を聞きたいと思っている蔵元さんも多いはず。

そこで、「日本酒でひとつになったまち」として有名な「鹿島酒蔵ツーリズム」を盛り上げている3蔵のキーマンにインタビューを実施。

鹿島の酒蔵を代表して、合資会社光武酒造場・光武博之社長(以下、「光武社長」)と矢野酒造株式会社・矢野元英社長(以下、「矢野社長」)、嬉野の酒蔵を代表して、瀬頭酒造株式会社瀬頭平太専務(以下、「瀬頭専務」)に、酒蔵ツーリズムを成功に導いた経緯や酒蔵ツーリズムの今後の可能性などを語っていただきました。

<聞き手:株式会社アンカーマンコンサルタント・渡邊 拓也(以下、「渡邊」)>

スタートは地域全体を1つのイベント会場に~複数の祭りも合体!

渡邊

「鹿島酒蔵ツーリズム」は、2012年に第1回が開催されたとのことですが、構想から立ち上げまでの経緯について伺えればと思います。

光武社長

構想から立ち上げまでの期間は短かったですね。話が出てから数ヶ月で「やる」と決めて、悩んでいた蔵も説得して、結果的には全蔵に参加していただきました。

矢野社長

バタバタと協議会を立ち上げて、構想があったわけでもないのに、走りながら形づくっていったみたいな感じでしたね。

光武社長

もともとあった「花と酒まつり」などいくつかのお祭りを1つにまとめて、「鹿島酒蔵ツーリズム」として、全蔵を巡る「酒蔵観光」と合わせて、鹿島全体を1つの会場、1つのイベントとして盛り上げようという企画を一気に進めていったという形でした。

矢野社長

協議会を立ち上げてから、もともとのお祭りの主催者や協賛者、参画団体などのお力添えをいただき、初回からそれなりに大きな規模になっていったという経緯がありました。

瀬頭専務

バラバラのお祭りの日を同時開催にする調整を3〜4ヶ月でまとめられたのはすごいですよね。

矢野社長

それができたのも、「単発のイベントではなく、日本酒を集客のメインに据えて、来訪者が、日本酒以外の食や文化、伝統に触れていただくような仕組みができればいいね」という話の中で関係各所の皆さまにご協力いただいた結果でしたね。

1回やってみて、それなりに集客があり、1つの成功体験ができたから、2回目以降も力を貸してくださるところがちょこちょこ現れたという形で今につながっているということでは、1回目からラッキーでしたね。

(アンカーマン顧問)平出敏恵さんに火つけ役をしてもらい、県知事や鹿島市長を口説き落として、観光協会にも音頭をとっていただいて、行政の協力を得られたのも大きかったですね。

渡邊

開催にあたっての各蔵の役割分担はあったのでしょうか?あなたはこれをやってとか、私はこれをやる、みたいな。

矢野社長

行政や観光協会のバックアップがあったので、各蔵は、運営に際しての多少のお手伝いはあるものの、蔵開きの集客もしていただいたので、基本的には蔵にお越しいただいたお客さまを楽しませることだけに注力すればよく、特にこれといった負担はありませんでしたね。

県外や海外からも来訪!運営はボランティアも活躍!

渡邊

最高動員人数10万人とのことですが、来訪者の割合は、市内・県内・全国各地・海外などいかがでしょうか。

光武社長

アンケートを取っていて、全国から来ていただいています。

矢野社長

佐賀県内4割、福岡・長崎3割、残り3割は各地からといった感じですかね。インバウンド客もちょこちょこ見ますね。

光武社長

徐々に増えてきた感じはありますね。

渡邊

開催にあたり、人員の確保はどのように工夫されていますか。

光武社長

事務局がJRさんと組んでお客さまへのプロモーションを全国的にやっていただいているので助かります。あとは、各蔵で人員調達しています。

矢野社長

イベント当日は、社員とお手伝いさんを呼んで、全体運営のスタッフは、大半が市の職員、市の働きかけによる鹿島市内の金融関係を中心とした企業などからボランディアを出していただいて賄えています。

光武社長

ボランティアで酒蔵ガイドを引き受けてくださる団体もあり、各蔵に配備していただき、私どももガイドさんをお手伝いしています。

課題解決で来訪者の満足度アップ

渡邊

過去8回実施された中で、アップデートされてきたことはなんですか。

光武社長

JRさんとの連携を強化したことで、徐々に交通渋滞をなくせるようになりましたね。

矢野社長

抜本的な改善はないのですが、毎年の反省点を洗い出して、次の年に対策をするというサイクルを繰り返してきた感じです。

光武社長

お客さまの満足度をいかに上げるかだけをしてきたというか、「トイレが足らない」「駐車場が足らない」「バスがどうのこうの」など。1つ1つ課題をクリアした結果、お客さまの満足度が少しずつ上がっていったんじゃないですかね。

渡邊

蔵側でお金を落としてくれる仕組みなど自社でやられた取り組みはありますか。

矢野社長

造りの途中やマンパワー不足で、新しいことはやれていません。ただ、来場者の方に、さまざまなお酒を楽しんでもらい、うちの蔵を知ってもらおうと、気軽に飲める空気感やブースの配置について考えています。

光武社長

生のお酒とか、イベント期間中だけ味わえるお酒をあえて出そうかなとは毎年思っています。今年からKEGで生のお酒を飲んでもらったり、瓶詰めを見てもらい帰りに買ってもらったり、酒粕の詰め放題を行ったりと。

瀬頭専務

うちはイベント期間中、限定酒を増やしたり、博物館さながら昔の酒造りの道具を限定公開したり、お客さんがストレスフリーで食べ飲み歩きできるように、出店やキッチンカーを近隣に配置するなどの工夫をしたりと。

同時に、近くに出店している飲食店さんに試飲に来てもらい、料理に合うお酒をお店で提供してもらうなどのコラボレーションもしています。

ツーリズムで変わった市民の意識

渡邊

この10年、ツーリズムを通じて町や蔵にはどんな変化が起きていますか。

瀬頭専務

「文化」ですかね。「はじめ、ツーリズムには来たものの宿泊施設がいっぱいでゆっくり過ごせなかったので、ぜひまた来たいと思い、今度は地元の嬉野温泉に宿泊で、お酒をお買い求めに来たんです」とおっしゃっていただけるお客さまなどがいらっしゃいますね。

うちはまだまだ会社として観光とかツーリズムのお客さまを受け入れやすい状況ではないんです。近い将来、いつでも予約で蔵元や杜氏がお客さまを案内できるような体勢にしていけたらとは考えているのですが…。

地元の旅館と提携して、うちのお酒と料理のペアリングを堪能できるコースを作ってもうなどの準備はしています。うちは他の蔵元さんのように宿泊施設などはありませんが、地元の温泉地というリソースを活かして、旅館などと協業しながら進めていきたいです。

矢野社長

10年続けている中でさまざま企画をしてきました。たとえば、市内の飲食店さん協力のもと、酒粕を使った新メニューの開発や、日本酒とのペアリングで新しい特産品の創出などトライアンドエラーでやってきました。私が一番大きかったと感じているのが、市内居住の皆さんに「鹿島が日本酒で有名な町」という意識づけができたことです。

酒蔵ツーリズムを実施する前は、蔵があることは知っているものの、「鹿島が日本酒で有名な町」という認識はなかった。それが「鹿島は日本酒ですごいじゃん!」みたいな機運が醸成できたことが一番の成果でしたね。

それと、日頃は蔵の中でものづくりをするだけでアウトプットのタイミングが多くない蔵人たちが、酒蔵ツーリズムのような蔵開きのときには、さまざまな人に接し、自分のお酒を飲んでいただくアウトプットの機会でもあるので、楽しんでいるんです。お客さまの試飲の様子を見ることで、自分が造っているお酒への向き合い方が変わり、働く意識が高くなっている気はしますよね。

お客さまについても、リピーターの方も多く、蔵内でのサックスのライブ演奏にもともとお客さんだった方が出演するなど、一体感を醸し出す空気感がおもしろくてうれしいです。

光武社長

鹿島の市民たちが「鹿島のおみやげは日本酒」と言ってくれるのはものすごく大きい流れで、酒蔵は、ツーリズムをやることによって自分たちのお酒だけを売るだけではなく、「地域のブランドを売っていこう」という想いを共有できるは非常にいいところです。

「肥前浜宿」というブランドを立ち上げて、共通のラベルを作り、お酒だけでなく、漬物、お菓子、海産物、醤油など「肥前浜宿」全体で売っていく取り組みも今年からはじめます。

鹿島市全体をいかに外に向けて発信していけるかということを意識して、今後さらに加速させていかなければいけない。そうでないと、「酒蔵だけがいい思いをしている」という話になりかねないですし…。

「我々がいてこそ、ツーリズムもあるし、鹿島があってこそ、我々もある」「地域とともに生きていく酒蔵、酒蔵がある鹿島」など相互にギブアンドテイクの精神で外部に向けて発信していけるのが一番です。

ただ「オーバーツーリズム」のことは考えないといけないですね。

矢野社長

アンケートでも「トイレに行けない」「バスに乗れない」「交通渋滞がひどい」「蔵の中が混雑して試飲ができない」などのお声もありました。

運営資金面でも課題があります。無料のシャトルバスの費用をどう捻出するかなど。ツーリズムを継続していくために、お客さまに参加料や協力金を負担していただくなど試行錯誤しています。

光武社長

「5蔵セット」や「小瓶の詰め合わせセット」で収益を出したり、有料カタログ(クーポン付きの当日パンフレット)で地元企業から協賛金を集めたりして…。

ツーリズムを成功させたいなら声を上げること

渡邊

「鹿島酒蔵ツーリズム」のような成功体験をお持ちの皆さまから、「これから自分たちもツーリズムをやってみたい」と思う蔵や他の地域に対してアドバイスなさるとしたらいかがですか。

矢野社長

声を上げることじゃないですか。「こういうことがしたいんだけど…」という声を上げれば、おのずと「それに絡んで商売したい」という人や、「純粋に助けたい」という人、「地域を盛り上げたい」という人が現れると思います。

光武社長

蔵開きは1つの蔵でもできなくはないです。まずは、何かをやることですよね。できない理由をあれこれ言うより、「どうしたらやれるんだろう」と考えるほうがいいですね。

矢野社長

はじめは、来客が100人でも、200人でもいいと思いますよ。

渡邊

ツーリズムを成功させた皆さんは、近い将来、ツーリズムを通じてどんなことを実現していきたいですか。

瀬頭専務

日本酒を含めたアルコール離れが問題視されている中で、お酒のファンを増やすためにも現地に足を運んでもらうというのがツーリズムの役目。年間を通じてリピーターが増えるようなツーリズムを行い、お酒造りの増産、地域の雇用創出につなげ、地域ありきの酒蔵として、地域に利益還元できればと思います。

矢野社長

これからは、酒蔵も「地域性」をアピールしていく時代。ツーリズムで鹿島のお酒を飲んだ来場者が、後日どこで鹿島のお酒を飲んでも、鹿島の情景に想いをはせるといったお酒でありたい、鹿島の雰囲気・歴史・風土とセットでお酒を記憶していただく、舌に刻み込んでいただくというのが目指すところ。

それと、「お酒を飲めば楽しくなり人の輪が生まれる」→「酒蔵ツーリズムで一緒に盛り上がった者同士でできた輪が広がり、未来の日本酒離れを防ぐ何かになるかもしれない」という想いで、酒蔵ツーリズムを通じて人と人とをつなげていく取り組みを今後もやっていきたいです。

光武社長

鹿島酒蔵ツーリズムの課題として、運営資金の問題とともに年1回しか開催できないこともあるので、細く長く通年で開催できるようにしたいですね。

それと、鹿島は「発酵文化の薫るまち」を謳っているので、日本酒に限らず、漬物など発酵文化を広げ、味噌、醤油蔵ともうまく連携しながら、地域統一ブランドに結びつけていきたいと考えています。

瀬頭専務

嬉野は焼き物やお茶という産業もあるので、温泉地や日本酒などすべてを融合させたツーリズムを、次世代の人たちも含めてまとまってやっていけたらなと思います。

酒蔵は地域とともにが大前提

渡邊

最後に、あなたにとって酒蔵ツーリズムとはなんですか。

光武社長

シンプルに考えれば、自社とともに鹿島全体を、地域をアピールできるツールだと思います。

矢野社長

地域のファンづくりですかね。酒蔵ツーリズムは、地域の魅力を再発見したり、人と人とをつなげたり、商業ベースというよりも、本当に土くさい、人間的な取り組みであり、地域の未来につながっていくんだと思います。

声を上げたら、誰かしら手伝ってくれる人が出てくる、「酒蔵ツーリズムは人ありき、地域ありき」なので、地域の人脈や魅力の再発見や再構築ができる、それに尽きるのかなと思います。

瀬頭専務

酒蔵ツーリズムは、当たり前のように日本の文化の中に存在する日本酒を再度見つめ直す「新たな再発見」をさせてくれるものですね。

「お父さんたちが酔うために飲んでいたお酒」と思っていた人が、ツーリズムで日本酒を飲んで、「日本酒ってこんなにおいしいんだ!」と再発見してくれることもそうです。

さらに、「日本酒という文化の再発見」という側面も。ツーリズムで、お客さんが蔵人からさまざまなお酒の物語を聞いて、「お酒ってこんなに深いものなんだ」ということを再発見してもらえる場所が酒蔵ツーリズムではないかなと思います。

渡邊

最初の立ち上げのお話からアップデートの話、それから皆さまの今後についてもお伺いさせていただきました。

光武社長、矢野社長、瀬頭専務、ありがとうございました!

酒蔵ツーリズムを成功させるためのはじめの一歩は、「こんなことをやりたい」と声を上げてみること、ツーリズムの一番の成果は「鹿島といえば日本酒」のような地域のイメージを変革できたことなど、当事者の経験だからこそ、後から続く酒蔵さんたちの参考になるような気がします。

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